石川テレビ

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今井友理恵の届け!ゆりエール!

私の3.11


2011年3月11日 14時46分。


あの日は金曜日で、当時高校2年生だった私は、地元岩手県の高校でテストを受けていました。


誰かの携帯が鳴った…と思ったら一斉に教室中の携帯が鳴り出して、何かおかしい、と思った直後に地震が襲ってきました。だんだん揺れは大きくなり、机の下に潜って必死に脚を掴んでいないと体が持って行かれそうになるほど。しかも揺れは長くてなかなか収まらず、確実にいつもと違う地震だと体感し、初めて「このまま死ぬのかな」と思いました。


幸いケガ人は出ず、信号機は止まりひび割れた道路を歩いて帰宅しました。大粒の雪が降ってきたので見上げると、空は恐ろしくどす黒い灰色をしていて、珍しく雷も鳴り出しました。お店も全部閉まっていて人も歩いていない。
映画の世界に迷い込んだようで、「この世の終わりだ」と本気で思った景色は今でもはっきりと目に焼き付いています。


家族となかなか連絡が取れず、最悪の事態を想像して何度も泣きました。やっと会えてまた泣きました。それから数日間は、ろうそくに火を灯して、毛布にくるまって缶詰をつついて、わずかに物資が届いたスーパーに朝から並びました。


蛇口をひねれば水が出て、コンビニにはいつも商品が並んでいて、暖かい部屋で家族と笑い合える。今まで当たり前だと思っていたことが当たり前じゃない、むしろ奇跡に近いということを、このとき初めて実感しました。
例えば水道管を整備する人がいて、例えばトラックで商品を運ぶ人がいて、色んな目に見えない人たちの努力で私たちの生活は成り立ってるんですよね。その人たちへの感謝を忘れてはいけないということを学びました。



6年経った今日は、実家で家族揃って黙祷を捧げました。
「生きていてくれて、ありがとう」
普段は照れ臭くて伝えられないことを、素直に言葉にする日にしたいと思っています。



そして未だ2500人以上が行方不明、9万人余りの方が仮設住宅で暮らしています。私の知人でも大切な人を失くした人は沢山いて、今も悲しみや苦しみを抱えながら生きています。
遠く離れていると被災地の今を意識することは難しいかもしれませんが、年に一度の今日だけでも、東北へ想いを馳せてもらえたら、それだけで意味があると思います。


石川県は災害の少ない地域とは言え、いつ何が起こって当たり前の日常や大切な人が奪われるか分かりません。どうか今を大切に生き、伝えたい想いがあるなら今伝えてください。
それが私なりに今お伝えしたいことで、自分自身にも日々言い聞かせていることです。



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雄大な岩手山と北上川。大好きな故郷の風景です。


1日でも早く、東北の皆さんが元の生活を取り戻し、心から笑い合える日が訪れますように。私にできることを模索しながら生きていきます。


2017年3月11日
今井友理恵