石川テレビ

放送日:2023年3月4日

思いやりとにぎわいを 北國とおり町

昔ながらの個人商店が元気な町があります。
旧北国街道沿いに町家が立ち並ぶ龍助町と西町。6年前、二つの町の人たちが、
人を呼び込もうと「 北國とおり町にぎわい協議会」を立ち上げます。
中心は個人商店の店主たち。その代表を務めるのが精肉店の中出暁史さん。
東京で働いていましたが、祖父が作り上げた炭火焼きの焼豚が1番だと、
店の後を継ぐためUターンします。そこで驚いたのが、この町にしかない
歴史や文化があふれていると言うこと。近くのお茶屋さんは、
北陸三県で一番古く360年も続いていました。またござ店で500年の歴史が、
そして350年続くお旅まつり。この歴史や伝統をもっと発信し
町ににぎわいを取り戻したい。通りを歩行者天国のマーケットにしたり、
youtubeで街の紹介をしたり、インフルエンサーを案内したりするなど、
さまざまな取り組みを行っています。人口減少で地方の活気が減るなか、
地域を元気づけようと中出さんは走り続けています。

放送日:2023年2月4日

窯と心に火を 珠洲焼・篠原敬

土をこね、形作り、そのまま高温の炎で焼いて造る珠洲焼。
珠洲焼の道に入って30年の篠原敬さん。
「僕は珠洲焼にほれて、この黒い焼き物、それから裸の焼き物、
立ち姿が美しい焼き物、僕もこういうものを作り造り手になりたいなと思って
今までやってきたんですけれども…」

ところが去年6月、震度6弱の地震が珠洲市を襲います。
篠原さんの工房で割れた作品は200点以上、
命とも言える窯はひび割れ使えなくなっていました。

珠洲焼は窯の温度を1200度まで上げ、一気に窯を塞ぐことで、
鉄分から酸素を奪い赤いさび色から黒色に変色させます。
隙間が少しでも空いていると、珠洲焼の美しい灰黒色がでないのです。

窯に再び火が入り新たな作品が焼き上がるまで、
復興を目指す篠原さんの姿を追いました。

放送日:2023年1月7日

祖父の開いた道を 竹工芸・橋本紗織

石川県の稀少伝統工芸品に指定されている竹工芸。
加賀藩では茶道や華道の隆盛とともに発展してきました。
その中で独自の竹工芸を生み出してきた橋本仙雪(せんせつ)さん。
昭和、平成にわたり活躍してきました。
その作品に魅了された1人、孫の紗織さんです。
大学卒業後、会社員をしていましたが、祖父の意思を継ぎ、
その名を残そうと、竹工芸の世界に足を踏み入れます。
「このまま名前が埋もれて行くのが、すごくさみしい気がして、
自分が頑張ればおじいさんの名前が出てくる。
そういう思いも抱えながら、自分の作りたいものを作って
竹工芸の道を究めていきたいなと思っています。」
灯りが消えそうな石川県の竹工芸を守り、
祖父の技を伝えていこうと手を動かし続けています。

放送日:2022年12月3日

歴史と地震を乗り越えて 珠洲焼

釉薬を使わず高温で焼き締めて作る珠洲焼。灰黒色の落ち着いた美しさがあります。
中世には全国で使われていましたが、15世紀、こつ然とその姿を消します。
復活したのは、500年後の昭和後期。地域の人たちの強い願いでした。
その立役者の1人、珠洲焼作家の篠原敬さん。
「珠洲焼が隆盛を誇ったころの珠洲をイメージすると、とてもワクワクするんですよ。
今でこそ過疎だ、高齢化だ、産業がないとかマイナスイメージばっかりでしょ。
地方の都市というのは珠洲に限らず。ちょっとそれは今の時代であって、
少しさかのぼれば、珠洲焼を中心にこの地域が光を浴びていた時期が
あったと思うんですね。それを思うだけでここに生まれてよかったなと思いますし、
そういう心のよりどころでもあります。」
珠洲焼が復興し半世紀、大きな災いが降りかかります。
ことし6月に起きた震度6弱の地震です。珠洲市で割れた作品は全部で千点以上、
命とも言える窯もひび割れ使えなくなってしまいました。
しかし、一歩一歩、確実に珠洲焼の復旧は進んでいます。

放送日:2022年11月5日

女性の力でいしかわの農業を元気に!

今年3月、石川県金沢市にあるレストランがオープンしました。
「すごい!」「すごいね!」「きれいすぎ!」
「大人のお子様ランチになります」「(笑)」
使うのはすべて県内産の野菜。しかも採れたての野菜が、たっぷり味わえます。
店を切り盛りするのは、濱田友紀さん。(52)
石川県羽咋市で農業を行っています。濱田さんは東京生まれの東京育ち。
22歳のとき東京で、農業を営む夫と出会い移住してきました。
そこで感じたのは、農家の女性の孤独さ。
濱田さんは20年前、県と連携し農業に携わる女性の会を立ち上げます。
今では「農業女子いしかわ」というグループに発展し、
情報交換や研修会、ワークショップだけでなく、
さまざまな商品まで企画販売しています。
濱田さんは女性ならではの力で、石川の農業を変えようとしています。